賢い医療とは

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竹谷内啓介東京カイロプラクティック院長
日本カイロプラクターズ協会会員
RMIT大学健康科学部カイロプラクティック学科卒業。国際カイロプラクティック試験委員会顧問、日本カイロプラクターズ協会(JAC)会長、世界カイロプラクティック連合(WFC)理事を歴任し、現在は日本カイロプラクターズ協会顧問として、国際標準のカイロプラクティック教育や臨床の普及および日本カイロプラクティック科学学会での研究事業に携わる。主な共訳:カイロプラクティックの安全性と教育に関するWHOガイドライン(世界保健機関)、カイロプラクティックテクニック総覧(エンタプライズ)、脊椎のリハビリテーション(エンタプライズ)など。
Choosing Wisely(賢明な選択)

アメリカ内科医学委員会(ABIM)財団主導で、「Choosing Wisely(賢明な選択)」キャンペーンが世界中に広がっています。日本を含め、世界的に過剰医療が問題視される中で、患者と医療従事者との関係を強化し、患者中心の医療を推進することを目的とした活動です。現在では、カナダ、イギリス、オーストラリア、そして日本でも、このキャンペーンが徐々に浸透しつつあります。では、過剰医療とは何でしょうか。行き過ぎた不必要な健康診断も、その一例に含まれるかもしれません。「Choosing Wisely」キャンペーンでは、各医学分野ごとに具体例を挙げながら、過剰医療の問題点を提示しています。
例えば、日本では「腰が痛い」という理由ですぐにX線撮影を受けたり、風邪と診断されて抗生物質(抗菌薬)を処方されたりするケースが少なくありません。しかし本キャンペーンでは、これらは科学的根拠(エビデンス)に基づかない無駄な医療行為、すなわち過剰医療であると指摘されています。風邪やインフルエンザはウイルス感染症であり、抗生物質は細菌感染症にしか効果がありません。それどころか、不適切な使用は抗生物質耐性菌の増加を招く危険性があります。
また、アメリカでは米国カイロプラクティック協会(ACA)も、このキャンペーンに賛同しています。特にX線撮影に関する項目は、カイロプラクティックの臨床行為とも深く関連しています。日本においても過剰医療が少しでも減少すれば、医療財政の健全化につながる可能性があります。
EBM/EBP(エビデンスに基づく医療/臨床)
国際標準のカイロプラクティック業界では世界的に、EPIC(Evidence-based, People-centered, Interprofessional and Collaborative)「エビデンスに基づき、人々を中心とした、専門職連携による協働ケア」という考え方が普及しています。EPICは、これからのカイロプラクターの臨床基盤となる考え方であり、EBM(Evidence-Based Medicine)を参考に、エビデンスを取り入れながら、患者のニーズに合った質の高いケアをEBP(Evidence-Based Practice:根拠に基づく臨床)として提供することが推奨されています。
EBMのパイオニアの一人であるデイビッド・サケット(David Sackett)は、EBMを「入手可能で最良の科学的根拠を把握した上で、個々の患者の臨床状況や価値観を考慮し、医療を実践するための一連の行動指針」と定義しています。つまり、EBMとは単にエビデンスのみを重視するのではなく、患者の価値観や嗜好、医療者の知識や経験をバランスよく統合した考え方です。なお、EBMには世界共通の厳密な定義が存在するわけではなく、マクマスター大学のガイアットやサケットらによる定義が、国際的に広く知られているという点も押さえておく必要があります。
ACAのChoossing Wisely推奨事項
米国カイロプラクティック協会(ACA)は、カイロプラクティック診療に共通する項目を特定し、臨床研究によって裏付けられた、高価値で費用対効果の高いサービスと患者アウトカムの改善につながる推奨事項を策定しました。文献調査を実施して、ACAのタスクフォースは確立されたChoosing Wisely基準に基づき、以下の5項目の推奨事項草を公表しました。 ACA & Choosing Wisely: Five Things Clinicians and Patients Should Question
- 6週間未満の急性腰痛患者において、明確な臨床的指標がない場合は、ルーチンの脊椎画像検査(X線画像やCT, MRIなど)を避ける。
- 経過観察のための繰り返しの画像検査は行わない。
- 腰痛障害に対する受動的・緩和的理学療法の長期使用は、積極的治療計画の目標達成に寄与する場合を除き避ける。
- 心理社会的スクリーニングまたは評価なしに長期の疼痛マネジメントを提供しない。
- 腰痛の長期治療または予防を目的とした腰部サポートや装具の処方は行わない。
医療制度改革とカイロプラクティック
カイロプラクティック業界では、長らく古典的な考え方が主流でしたが、近年の研究成果を踏まえ、より客観的で科学的な方向へとシフトすることが求められています。これまでは、カイロプラクターが個人や患者との対話の中で実践する限り、科学的根拠(エビデンス)が強く問われる場面は多くありませんでした。しかし現在では、対社会・対行政を含む、より広いステークホルダーに対して、業界全体として説明責任が求められています。日本カイロプラクターズ協会は、カイロプラクティックがヘルスケア(広義の医療)の一部として国民に適切に活用されることを目指し、EPICの理念を推進しています。
近年の脊椎マニピュレーション(Spinal Manipulation)に関する研究では、腰痛や頚部痛といった筋骨格系疾患に対する有効性が注目されています。2018年に医学誌『The Lancet』で発表された「腰痛シリーズ」では、従来推奨されてきた安静、ステロイド注射、オピオイド系鎮痛薬、外科手術を可能な限り減らし、画像診断への過度な依存を避けることが提唱されました。その代わりに、患者教育、患者中心の医療、安心感の提供など、生物心理社会モデルに基づくケアが推奨されています。さらに、世界保健機関(WHO)発行の学術誌においても、腰痛ケアに対し、各国の医療制度がエビデンスに基づくアプローチを採用するよう呼びかけています。国際的に見ても、腰痛治療では長らくエビデンスに基づく治療が十分に採用されてこなかった経緯があります。逆に言えば、それだけ腰痛治療が難しい領域であるとも言えるでしょう。
日本でも近年、医療制度改革の必要性が語られる中で、Choosing Wiselyのように、患者と医療従事者が対話を通じて、本当に必要な検査・治療・処置を選択することを啓発する動きが広がりつつあります。医療・介護・年金などの社会保障費には限りがあります。現役世代の負担を少しでも軽減し、国民全体で公平に支える持続可能な医療制度を構築するためにも、今こそ社会全体で議論を深めるべき時期に来ていると強く感じます。
Choosing Wisely http://www.choosingwisely.org/
Choosing Wisely Japan https://choosingwisely.jp





